文章置き

器用に肩で携帯を挟み、ぱちんぱちんと足の爪を切る。いつも通りの日常。だが、恋人から唐突な言葉に唖然とし思わず聞き返してしまった。
「え？埼玉？」
「うん、行くことになった」
あっさりと彼は今まで住んでいた沖縄から離れる宣言をした。電話の向こうで洋楽が流れている。いつも通りの日常のはずが、彼の一言ですべてガラリと変わってしまった。ああ、彼との寝る前の電話も向こうから流れてくる洋楽もいつも通りなのに。訳を問いただすと、先週聞いた例の児島選手とのワンナウツ、ついに東亜が負けてしまったらしい。あの負けなしの東亜が。「いつ負けるのよ」、と笑いながら「俺は負けねーよ」と軽くかわされていたあの時が懐かしい。
「そっか、やっと負けたの」
「うるせー」
くすくす、と笑っていると、それで。と言ったところで東亜はなにか一口飲み物を含んだのかごくり、と喉を鳴らす音がした。思わず、私も何かを覚悟しなければいけないようなそんな気分になってしまった。
「向こうで野球することになった」
「・・・は？」
「なんだよ」
「プロ？」
「プロ野球。」
児島からスカウトされた、という言葉を聞いて言葉が詰まってしまった。だが、真っ白になったのは束の間で、次から次へと思い浮かぶ言葉は「おめでとう」でも「よかったね」でもなかった。
「あなた野球やったことあるの、投手ってかなり重要じゃないの、そんなところに東亜が行っていいの、ストレートしか投げれないのに大丈夫なの、タバコ吸ってるのにスタミナ持つわけないでしょ、そもそもそんな自堕落な東亜が関東で一人暮らしなんて、」
「あーうるせーなタコ。だから一緒に行かねえかって誘ってんだよ」
「・・・聞いてない」
「今言った。」
「・・・一緒に住むの？」
「当たり前だろ」

で。行くのか、行かねえのか？
（にやりと笑った東亜が見えた）




（渡久地東亜に「うるせータコ」と言われたい。）